HSC、HSP

人一倍敏感なHSP、HSCとは?刺激を求めるHSS型HSPの私。




最近ではHSP、HSCという言葉が聞かれるようになりました。
病気じゃないのに体調が悪い、疲れやすい、些細なことが気になりすぎる。

普段抱えている生きづらさや不調は、敏感すぎる気質が原因かもしれません。

私もHSPであり、子供の頃から心身の不調がありました。

今回は人一倍敏感と言われる、HSP、HSCとちょっと不思議な夢の話をしたいと思います。

HSC、HSPって?

チェック

アメリカの心理学者、エレイン・N・アーロン博士が提唱したHSPという概念。

Highly Sensitive Person(とても敏感な人)の略です。

また、子供のことは
Highly Sensitive Child
HSCと言われています。

自分はHSPなのかな?という方には簡単にできる診断テストをおすすめします。

診断テスト

選ぶだけの簡単な診断テストがありましたのでリンクを載せます。

HSP診断テスト

この診断テストを私もやってみましたが、113点でHSP度強でした。

HSPは5人に1人いると言われ、そんなに珍しくないということですよね。

刺激に敏感、すぐに驚く、環境の変化に気付く、疲れやすいなど・・あるあるなのですが、そのようなことはあちこちに書かれていますので、私個人のお話を書きたいと思います。

私のHSPの特徴

全てにおいて敏感で、全てにおいて不安で慎重、というわけではありません。

時期や年齢によっても変わっています。

プラス面

人の気持ちを理解できる
1人で集中するのは得意
1つのことに対し、色んな方面から考えられる

マイナス面

痛みに弱い
完璧主義
肌触りに過敏
音、光、匂、温度、気圧の変化に弱い
感情移入しやすい
疲れやすい

どちらでもない

霊感体質な気がしている

あげればキリがないのですが、よく言われるように確かに生き辛いですね。

何故生きづらいのかというと、自己肯定感の低さがあります。
プラス面に書いたことは本やネットにも書かれてあり、確かにその通りではあります。

でもプラス面の裏側にあるマイナス面も同時に気になります。

例えば人の気持ちを理解しやすいというは、理解しすぎて、ネガティブな思考にも引っ張られやすい。

一緒に落ち込んでしまうのです。

私は他人との線引きはびしっ!!と引けるので、自分では客観的な立場を保てる方かなと思っていました。

ところが母親になり、こんなに大切なものがこの世にあったのかという、驚異の存在である子供ができ、子供の感情がそのまま私に流れているような感覚になることがあります。

子供が体験する痛み、見たくないもの、感じたくないもの、辛い気持ち。
あまりに伝わりすぎて、気持ちが子供と同化してしまうのです。

できればそこまでの感情移入はしたくない。
子供が辛いなら、私はどんと構えて支えてあげたいのに、やってあげられないのです。

体調を崩し、不眠や食欲不振につながってしまいます。
強いお母さんとは程遠いです。

ではなぜプラス面に書いたかというと、人には感謝されることが多いんですね。

うちの子供達もHSC気質で、「大人は大丈夫じゃないのに大丈夫って言う。お母さんは大丈夫じゃないって言ったら、どうしたらいいか考えてくれるから嬉しい。」と言います。

分かるー!泣

なんでも大丈夫、大丈夫って言われると、不安になる。
やっぱり大丈夫じゃない自分がダメ人間に思えるよね。

そう!いるよね、やたら大丈夫ーなんとかなるよーって言う大人!

私も「大丈夫!頑張ればどうにかなるよ!」と言われると不安が強くなります。

父が癌になった時、心配で苦しくて、気丈を装っている父の隣で、抗不安薬を飲み続けていた私。

「何を言われるかと怖くて診察室に入れない。でも怖くて待合室で待っていることもできない。体が震えるから薬を飲んで一緒に診察室に入る。」と。

父「それ、精神科の薬?そこまで無理しなくていいんだぞ。」

杏「一緒に診察室入って先生の話聞く。」

父「診察室でお前が倒れるんじゃないのか・・・?」

私以外は「心配だけど、どうしてそこまでなっちゃうの」と言い、父は「まるでお前が癌だと言われたみたいだな」と笑いました。

手術が成功し、回復した父は「気を遣っているんだろうけど、皆が普通に笑っている姿を見て複雑な気持ちになることもあった。

お前がお父さん以上に不安そうで、薬まで飲みこんでから診察室に入るもんだから、そっちの方が気になって自分の話がどっかにいってしまったよ。」と笑っていました。

父は、1人だけは明らかに自分を心配している、心配しすぎて倒れそうな私を申し訳なくも嬉しく思ったと言います。

私は父が胃カメラの検査に入っただけでも、あの検査の辛さを思い出して涙が出たし、横で漫画を読みながら待っている母に呆れられました。

なんで皆平気なんだろうと思うし、やっぱり自分としては辛いんですよね。

・・とここまで書いて、先程書いたプラス面は他人が私を見た時のプラス面かなと思い始めています笑

でもいいのです。
私は人が幸せなのが自分の幸せだと思うので。

霊感体質、というのは何のでしょうね。

知らない方が良いこともありますから、プラス面ではないと思っています。
霊感体質はこれはもうしょうがない!

私は霊やスピリチュアル系はあまり関心がないのですが、感じるのであるとしか言いようがないです。

私のHSPはこのブログに散りばめられています。
長男の小学校の登校不安定の話なんて、HSP感満載です。

学校給食が怖い。嘔吐恐怖から不登校へ(その3 面談)

HSS型とは

HSPの7割が内向型と言われています。

残りの3割は
Highly Sensation Seeking(刺激を大いに求めること)

の略であるHSS型だそうです。
どうやら私はこのHSS型のようです。

水商売

プロフィールに書いていませんが、20代前半は水商売をしたこともありました。

新宿歌舞伎町のお店で男性相手(実際には女性のお客様も多いのですが)にお酒を作る、いわゆるキャバクラ嬢です。

夜の光も現実離れした日常も楽しくて仕方なかったです。
初めて会う人と初めて行くお店でご飯を食べたりも仕事の1つ。

内向型ではないですよね。

ただ・・・ここは強めのHSP。
楽しいのに疲れるんです。すっごく。

大きなお店だったので毎日100人以上来店し、右から左にどんどんお金が流れていって。

これが東京かーすごーい!とワクワクするけど頭痛が酷い。眩暈が止まらない。

家に帰ると疲れて動けない。
寝付けない起きられない。

お酒が飲めないので、酔っぱらっている日などないのですが、毎日体調が悪すぎました。

昼夜逆転の生活ですから、元気なキャバクラ嬢ってあまりいないですが、私は明らかに大好きなキラキラした音や光、刺激に疲れていました。

水商売と一言で言っても様々な仕事状況あり、悪い印象をお持ちの方もいらっしゃると思います。

はっきり言えば、お金と男女の世界ですから、世間のそのような目はよく理解できます。
でも私はHSPらしい警戒心により、危ない目に合いそうなことは徹底して避けました。

それにより、水商売という聞こえからはあまり想像できないかもしれませんが、真面目に働いていました。

見た目を着飾るのも仕事でしたし、それが楽しく感じていましたが、私にお金や男女の話を持ち込む方はいてもすぐ他の女の子に移っていきました。

「短い時間、日常を忘れてゆっくり話したい。ストレスを発散したい」という、楽しく飲んで楽しく帰る方が多かったです。

「話してすっきりした、楽しかった」と言って貰えるのが嬉しかったです。

それでもお客さんが「今日辛いことがあってさ」と話し始めると、途端に感情移入してしまい、私まで辛くなってしまいます。

好きだった仕事でしたが、1嫌なこともありました。
それは仕事柄、嘘をつかなければいけないことです。

自分の身の安全を守る為に、住んでいる場所、経歴、名前までも、嘘は必要な職業です。

でも本来の私は嘘が大嫌いなんです。

この狭間に常にいることが、水商売で疲れてしまう原因の1つでした。

夜の仕事を始めたきっかけはただの興味本位です。
身近に働いていた子がいて話を聞いていたのもあります。

夜の仕事って普通は職業選択の中に入りませんよね。
でも楽しそうだからやっちゃおう!という内向型HSPならやらないようなことを、お酒も飲めないのに好奇心が勝ってやりだしてしまう。

それでも長男を妊娠し、ある時突然辞めることになったのですが、内心ほっとしていました。

これでもう嘘をつく必要がないんだと安心したのです。

ライブやレジャー

ライブも好きで若い頃は頻繁に行きました。
インディーズバンドから当時は浜崎あゆみさんや倖田來未さん、安室奈美恵さんなど。

チケットを取るのも面白くて、東京公演があると全部申し込んでいました。
それなのに、ライブ当日は何故か憂鬱。

毎回行くかやめるか悩みます。

楽しみなはずなのに、自分でも不思議。
それでもチケットはありますから無駄にはできません。

私が損をするのはよいのですが、せっかく歌ってくれるアーティストがいるのに、空席を作ることが申し訳なくてできないのです。

会場には行くのですが、気持ちはザワザワ、なんだか早く帰りたい。
ライブが始まっても心ここにあらずで、現実感がまるでなく。

この音を聞いているのが自分じゃないような離人感。

インディーズのライブも時々行って、大音量にワクワクするのですが、眩暈と頭痛で立っていられないのです。

遊園地もカラオケも、色んなショーも原宿、渋谷、六本木。
全部大好きですぐにでも行きたい、1日中遊びたい!と思うのですが、じゃあ行こう、と決まると憂鬱。

それでも楽しめる時もあるのですが、どうなるのかは行ってみないと分からないんです。

結果、1人が1番気楽。
嫌になったらすぐ休めるし、帰って来れるし。

誰かと行動するのはとても苦手です。

HSPと予知夢

HSPは鮮明な夢を見ると言います。
私も幼少期から変な夢を沢山見てきました。

その中でも、先程書いた霊感のようなものと夢が混ざったお話をしたいと思います。

3人の子供達を妊娠前、または妊娠中に毎回赤ちゃんの夢を見ました。
その夢がなんとも不思議なのです。

怖いお話ではございません。

長男妊娠中

まだつわりが酷い妊娠初期。
夫は女の子を望んでいました。

私も女の子がいいなと思っていました。

ある日、夢を見ました。

坊主頭の男の子の後ろ姿。
ひょろっとした細身の子です。

「誰だろう?」と思いましたが、その子がこちらを振り返ることはありませんでした。

目が覚めてもその夢は鮮明に覚えていました。

水色のTシャツに、紺色の半ズボン。
どこの建物か分からないけれど、殺風景な室内。

傷が付いた薄いグレーの壁。
その前に後ろ向きで立つ男の子。

この頃は水商売をやめたばかりで子供に無縁な生活をしていましたから、あの子が何歳くらいなのかも見当がつきませんでした。

夫は体格が良く(・・・をかなり通り越した体型)お腹の赤ちゃんはあんな風ではないだろう、どこ子なんだろうと思いました。

後に性別が分かり、男の子。
私は少し残念に思いました。

夫は「女の子が良かった、まだ確定じゃないよね?信じたくない。」と不機嫌でした。

私が残念に思ったのは1週間も続いたでしょうか。
あっという間に、男の子がお腹にいることが頼もしく、嬉しく思えたのです。

生まれた男の子は大きく3600gを超えていました。
赤ちゃん期も丸々と太って、いかにも夫の子。

それが成長と共に偏食になり、小学生になると大きなストレスを抱え痩せていき、食事にも苦労しました。
学校給食が怖い。嘔吐恐怖から不登校へ(その1 給食の決まり)

小学校3年生の登校が安定してきた頃、学校の参観日がありました。

休み時間、私が他のお母さんと話していると、掲示物を見ている長男がいました。
その後ろ姿、洋服はあの時見た夢のまま。

坊主頭に細身の男の子。

買って何日も経つその服を、それまで気付きもしませんでした。

あの時夢の中で振り返らなかった男の子。
今は振り返るだろうか、そんな風に思った時。

「これ、僕が描いたんだよ。見た?」と長男が振り返りました。

あぁ、あなたはこんな顔をしていたんだね。
あの時、私に早く会いに来てくれてありがとう。

デジャブと言うのですかね。

こういう時、私は現実ではないどこかへ迷い込んでしまったような気持ちになります。
頭がクラクラして倒れそうになるんですけど、何度経験しても慣れないです。

次男妊娠時

私は長男が生まれてからずっと2人目を望んでいました。

夫が望んでいなかったので、それが叶うことはなく、それでも諦めきれず、そのうち歳もどんどん取っていくし、私は追い詰められていました。

叶いもしない妊娠に備え、飲んでいた抗うつ剤を自分の判断でやめて症状が悪化したこともありました。

毎日のように夫に子供の話をして、街行く妊婦さんを見ては、羨ましくなり、悲しくなり、嫉妬に似た気持ちもありました。

妊婦マークを見るのが辛くて、外出を避けたりもしました。

長男を産んでから8年経った時、私はノイローゼのようでした。
1日中赤ちゃんが欲しいと考え、それが叶わないならば私の人生は生きる意味が無いと思っていたのです。

そんな時夢を見ました。
腕に男の子赤ちゃんを抱っこしていました。

腕にかかる重みは懐かしく、ふわふわな肌にすやすや眠る姿は可愛くて愛おしくて。

「この子が自分の子だったらどんなに良かったか」と夢の中で思いました。

目が覚めて、腕にはまだ赤ちゃんの温もりと重さが残っていました。
いなくなってしまった空っぽの腕を見て、涙が出ました。

狂ったかのように赤ちゃんのことばかり考えていましたから、夢に見ることなど不自然ではありませんでした。

私はよく、気にかけていることを夢に見るのです。

それにしても夢は鮮明で何日も消えることがなく、それを思い出して涙が出てくる。
また精神科に行って相談しようかなと思いました。

夫ともうまくいかないし、もう離婚しようと思った時。
夫の気が変わり、「俺も2人目が欲しい。」と。

その数ヶ月後に妊娠が分かりました。

長男はとても可愛くて、頼もしくて、2人目も男の子がいいなと思いました。
男の子2人、元気に遊んでいたらきっと楽しい。

でもつわりの頃の食べ物の好み、胎動も長男妊娠期とは全く違いました。
長男は元気に動き回って痛い程だったのに、2人目の子は心配になるくらい胎動が少ないのです。

なんだかとても・・・女の子の気がする・・・。

お母さんて何となく赤ちゃんの性別が分かるって言いますよね。
もしかして私にも分かってる?
だとしたら感覚的には女の子がいる気がする。
長男と違い過ぎて。

でもあの時見た夢は男の子。
どっちが当たるだろう。

暫くして性別が分かりました。

「男の子ですね。ほぼ間違いなく。」

弟が欲しいと言っていた長男は大喜びしました。
私も男の子で嬉しかったし、喜んでる長男の姿も幸せでした。

夫だけがまた不機嫌でした。
育児になどまるで関心がないのに、何故そうも性別に拘るのか謎のままです。

娘妊娠時

3人目を妊娠していると分かった時、ここまできたら3人目も男の子がいいと思いました。

長男も次男も本当に可愛くて、私にはない頼れる強さと優しさ。
これが男子かー!なんて微笑ましく思うことが多かったのです。

それに、今から女の子を育てるなんてどうして良いか分からない。
男3人で毎日てんやわんやで過ごしてみたい!

この頃長男は小学6年生。

周囲からは「これで男の子だったら大変だよね。絶対!!女の子じゃないと困るね。」と驚くくらい言われたのです。

その度に「3人目も男の子が欲しいの。もちろんどちらでも嬉しいけどね。」と言っては周囲が驚きました。

うちは長男も次男も、男の子らしく元気で煩くて仕方ない!という感じではありませんでした。

どちらかというと大人しくて、不安が強くて。
元気で煩い子大歓迎!だったのです。

ここまでくると、また夢に見ちゃう?って思いますよね。

そうなんです。また見ました。

床でハイハイをする女の子。
次男が隣にいました。
この床は自宅でした。

夢の中で私が

「女の子?女の子だよね?女の子なんだー嬉しい!」と言って抱き上げていました。

こうなるとちょっと明晰夢(めいせきむ)っぽいのかもしれません。

明晰夢とは

睡眠中に自分が夢をみていることがわかっていること、特に夢をみながらその内容を自分で意図的につくる(コントロールする)ことができる状態のこと

コトバンクさんから引用しました

もう夢で性別確認しようとしてますよね。

2人夢に見ているので、また見るかもしれないと身構えていたせいでこんな風になったのかもしれません。

目が覚めて、夢の中の自分が女の子で嬉しいと言っていた。
いやー現実の私もすっごい嬉しい!

女の子は女の子でこんなに嬉しいのかーと思いました。

でも病院で性別確認できるまでは確信もないので、どちらなんだろうと思っていました。

健診では

「多分女の子。女の子って男の子より確定し辛いんだけど、でもそうだと思うよ。」と言われました。

女の子と言われていたのに、生まれたら男の子だったという話も聞きますから、確信はもてないまま。

そう思うと、「お母さんはお腹の赤ちゃんの性別が分かる」説は私には当てはまらないですね。

胎動、妊娠中の好みの変化、体調。
どれも3人共バラバラでした。

生まれた赤ちゃんは女の子。
また性別は的中しました。

HSCのお子さんを持つ方へ

この夢の話を聞いてどう思いましたか。
嘘みたい、偶然じゃない?

という方。

うーん・・不思議だけどそんな人もいるのかな。

と思った方。

今回は赤ちゃんと性別の話でしたが、このような夢で見たことが本当になった!と話したのが子供だったらどう思いますか?

空想の話をしているのかも、なんだか気持ち悪い話をしてくる。

多くの方が

「この子大丈夫?」と不安に思うのではないかと思います。

私は大人なのでこんなことがありました、と順序立てて書きました。

子供には頭の中で起こる色んな感情や出来事をうまく周囲に伝えることができずに、断片的に聞いた大人は不安になるかもしれません。

特に、行動にも気になることがあった時に、言動も理解しがたいことがあったら、本当に心配になりますよね。

他の病気や問題がある場合もありますから、病院に相談することは必要だと思います。

ただ、何の問題もない、となった場合。

HSCがいるということを知っている大人が近くにいることで、救われる面は沢山あると思います。

HSCの子は「これは自分だけに起こっている事なのかなと悩む」ことがあるかもしれません。

私は高校生の頃に、自分は人と違うのではないかと思いました。

皆にはないことが自分だけにある。

皆が普通にしていることができない、皆は気にもしないことが気にかかって前に進めない。

そんな自分が駄目な人間だと思う。

私はそう思って生きていました。

そんな時HSPという概念を知ったのは大人になってからのここ数年のことですが、私だけじゃなかったんだという気付きは、心を軽くしました。

もっと早く知りたかったと思います。

どうしてこうなんだろう、と子供が悩んだ時「そういう人もいるみたいだよ。」と言ってくれる人が側にいてくれるだけで、HSCの子は安心すると思います。

大人になった私は、このブログに載せた初めてのHSP話に、インパクトがありそうな子供の性別と夢の話を選びました。

HSPを知ってもらえるきっかけになれば嬉しいなと思い、インパクトがあるお話を選んだのです。

漫画だったら面白いかもしれませんが、夢が現実になっていくなんて、子供には恐怖そのものかもしれません。
そして我が子が夢が現実になっていくと怯えていたり、または楽しそうにしていたら?

病院に行こうか悩みますよね。

何が言いたいかというと、HSCであってもそのままずっと同じ状態でいることはないと思うのです。

同じように敏感さに戸惑っても、成長と共に捉え方やある意味の慣れも生じるでしょうし、対処方法を積極的に探していくかもしれません。

HSCであることを悲観せず、見守るだけで十分。
子供にとって1番辛いことは、自分を否定されることです。

私の夢が現実を表していたのは偶然かもしれませんが、HSC、HSPが鮮明な夢を見るというはよく言われます。

空想力、想像力が強いのかもしれません。
子供のうちは心配な面でも、大人になったら作家とか、デザイナーなど仕事に生かしていくかもしれませんよね。

私は、このブログに生かしていけたらいいのですが(^^;

まとめ

私のHSPが強く出るか落ち着いているかは、その時どのくらい自由に生活できているかが大きく関わっています。

日時を決められたり、誰かに待たれたり、決まった場所にいなければいけなかったり、常に相手の指示を守らなければいけなかったり。

絶対にそれを守らなければいけないと強く思い過ぎるので、制限がある生活は大きなストレスになります。

反面、自由でいられると、自分のペースでコツコツと頑張ることができます。

水商売時代、仕事としては自由な職種でしたので楽しく過ごせたのだと思います。

母親になりHSPは強くなりました。

母親というのは絶対やらなければならない、やらないことは子供の命に関わる、出来ないは許されない、という強い制限があります。

これが私には辛く、うつ病や神経症を引き起こしました。

ご自身や身近な方がHSPである、お子さんがHSCで悩んでいる。
そんな方がここを見て下さっているかもしれません。

私としては、これをすれば解決します!というのはありません。
解決するようなことでもないと思っています。

持って生まれたものだから、抱えていこうとかなと思えるようになりました。
ただ、HSPではない方にしたら理解に苦しむことなのかもしれません。

問題に直面し苦しんでいる方の、何か少しでも対処の糸口があれば嬉しいなと思いながら、今後もHSP、HSCについて書いていきたいと思います。

おすすめの本

最後におすすめのHSPに関する本を紹介します。

過敏すぎる自分を好きになれる本
という本です。
HSPの具体的な特徴が説明されています。

HSPの優れた面が沢山書かれていますので、自分を知るきっかけになり、一応誉められているような気持ちにもなれました。

一応・・と思うのは自己肯定感が低いので泣

予定変更にパニックになる、体調がすぐれない、人混みで疲れる、など日常で起こりやすいことについての対処方法も書いてあります。

また、身近にHSPの人がいる場合の対処方法も書いてあります。

具体的な話が書かれていますので、HSPの理解を深めたい方やHSPの対処について悩んでいる方におすすめです。

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